美容院の予約を取った。3回キャンセルした。
4回目でようやく行けたけど、帰りの電車でぐったりして、翌日は何もできなかった。
行かなきゃいけない場所がある。わかっている。でも玄関のドアに手をかけたまま、そこから先に進めない。
こういう日が続くと、やがて自分に問いかけ始めます。
「みんな普通にやっていることなのに、なんで私にはこんなに重いんだろう」と。
この記事は、そんな「外に出ることのしんどさ」を抱えている方に向けて書いています。
外出が怖い、一人で店に入れない、人と話すだけで消耗する。
その感覚は、甘えでも怠けでもないかもしれません。生活の中にある”仕組み”の問題として、一緒に見てみませんか。
体が「行きたくない」と言っている
頭と体が別々に動いている感覚
外に出られないとき、頭の中ではちゃんと段取りが見えていることがあります。
「駅まで歩いて、電車に乗って、あの店に入って、受付で名前を言って」
手順はわかっている。問題は、体がそれについてこないことです。
靴を履こうとする。手が止まる。鍵を持ったまま、ドアの前で5分、10分が過ぎる。スマホを確認する。天気予報を見る。もう一回トイレに行く。まだ出られない。時間だけが過ぎていく。
約束の時間が近づいてくる。焦る。焦るほど体が動かなくなる。結局キャンセルの連絡を入れる。「体調が悪くて」。嘘じゃない。嘘じゃないけど、本当のことも言えない。
外出ってこんなに体力を使うものだったか。昔はもっと普通にできていたはずなのに。そう思ったことはないでしょうか。
外出が困難になるとき、多くの場合、意志の弱さが原因ではありません。刺激の量が、自分の処理できる容量を超えているだけのことがある。
電車の音、人の視線、店員との会話、蛍光灯の明るさ。ひとつひとつは小さくても、それが束になると体が「もう無理です」と信号を出します。
汗が出る。心臓がうるさい。呼吸が浅くなる。お腹が痛くなる。これは気のせいじゃないし、大げさでもない。体が正直に「限界です」と教えてくれているだけです。
「慣れるよ」では、どうにもならない
困っている。やっとの思いで誰かに話した。返ってきた言葉は
- 「慣れるよ」
- 「考えすぎだよ」
- 「気にしなければ大丈夫」
悪気がないのはわかっています。でも、それで楽になれるなら、とっくに楽になっている。
「大丈夫、慣れるよ」と言われて困るのは、その言葉が正しいからです。たしかに、場数を踏めば慣れることもある。
でもその「場数を踏む」の手前で止まっている人に、「慣れるよ」は何の足場にもならない。
必要なのは「大丈夫だよ」じゃなくて、「じゃあ一緒に行こうか」のほうだったりします。
正直に書くと、当店に来てくださる方の中にも「美容院に行きたいけど一人では無理だった」「役所に届け出を出しに行くだけのことが、半年延びている」という方がいます。
それは珍しいケースじゃない。そして、横に誰かがいるだけで、その「半年」が動くことがあります。
ひとりだと無理でも、隣に誰かがいれば通れる道がある
「付き添い」は、甘えじゃない
ここで少し、書きながら考えたことを正直に書かせてください。
「誰かに付き添ってもらわないと外出できない」と聞いたとき、「それは依存じゃないか」と思う人もいるかもしれません。
私自身、このサービスを始める前は、どこまでが「助け」でどこからが「甘やかし」なのか、線引きに迷った時期がありました。
でも、現場を見ていて思うのは、付き添いが必要な人は「誰かにやってもらいたい」わけじゃないということです。
自分でやりたい。自分の足で行きたい。ただ、ひとりだとそのスタートラインに立てない。横に誰かがいることで、やっと自分の足で歩ける。
これは甘えとは構造が違います。
松葉杖を使って歩いている人を見て、「自分の足で歩けないのは甘えだ」と思う人はいないはずです。
外出の不安も、似たところがあります。見えないだけで、必要な支えがある。それを使うことは、甘えじゃなくて工夫です。
同行で何が変わるのか
付き添ってもらうことで何が起きるかというと、劇的な変化が起きるわけじゃありません。
でも、こういうことが起きます。
「美容院に行けた」
ただそれだけのことが、半年ぶりだった人にとっては大きい。
帰り道に「行けたね」とも「頑張ったね」とも言わなくていい。
ただ、一緒に歩いて、一緒に帰ってきた。それだけで、次に「一人で行ってみようかな」と思える日が来ることがあります。
当店の利用者の中に、「最初は同行をお願いしていたけど、3回目からは一人で行けるようになった」とおっしゃっていた方がいました。全員がそうなるわけじゃない。
5回目でもまだ一緒じゃないと難しい人もいるし、1回で「やっぱり違う」と感じる人もいます。でも、「一人で無理なら、もう行かない」以外の選択肢があること自体が、知られていない。
外出の不安と、人と話すことへの怖さは、セットになりやすいものです。店員に声をかけるのが怖い、道を聞けない、受付で固まる。
もしその部分にも心当たりがあるなら、「雑談が怖い」のは、練習場所がなかっただけかもしれないという記事も書いています。
「行ける場所」が増えるという変化
外出不安を抱えていると、生活の範囲がどんどん狭くなります。
行ける場所が減る。行ける時間帯が減る。
- 「空いてる時間帯じゃないと無理」
- 「人が少ない店しか入れない」
- 「初めての場所は絶対に無理」
最初は「ちょっと苦手」だったものが、いつの間にか「絶対に無理」に変わっている。
コンビニなら行ける。でもスーパーは人が多いから無理。カフェはチェーン店なら入れるけど、個人店は雰囲気がわからないから怖い。
電車は各駅停車なら乗れるけど、急行で人に囲まれるのは耐えられない。
気がつくと、「行ける場所リスト」は数えるほどしかなくなっていて、毎日が同じルートの繰り返しになる。
別に引きこもりたいわけじゃない。でも行ける場所がない。世界が少しずつ小さくなっていく感じがする。
行きたい場所がある。やってみたいこともある。でもひとりだと、玄関から先に進めない日が続く。
そういうとき、「横にいるだけの人」がいると、不思議なくらい足が動くことがあります。
その人が何かをしてくれるわけじゃない。ただいる。でもその「ただいる」が、自分では作れない安全装置になっている。
ここは私もまだ完全にはわかっていません。なぜ「誰かがいるだけ」で動けるのか、そのメカニズムを説明しきれるほど、私は専門家じゃない。
でも当店には、作業療法士のフレンドが在籍しています。彼女の本業は、まさにこの「生活の中のできない」を見る仕事です。
症状名をつけるんじゃなくて、暮らしのどの部分で詰まっているかを一緒に確認して、どういう条件なら動けるかを探す。
外出の不安もまた、「気合い」ではなく「条件と仕組み」で見ることができる領域なんです。
あなたの「外に出られない」には、理由がある
体の声を無視し続けると、どうなるか
外出できない自分を責め続けていると、やがてもっと根深いところに沈んでいきます。
動けない。だから予定をキャンセルする。キャンセルしたことで自己嫌悪が生まれる。自己嫌悪がさらに体を重くする。次の予定も怖くなる。そのうち、予定を入れること自体が怖くなる。
友達からの誘いも、病院の予約も、全部が「こなさなきゃいけない課題」に見えてくる。
人に会えなくなると、孤立する。孤立すると、ますます外が怖くなる。この輪っかの中で、ぐるぐる回り続けている感覚。
これは悪循環です。そして、この悪循環の中にいる人に必要なのは、「頑張って外に出よう」というアドバイスではなく、「今の状態を一回ちゃんと見てみよう」という視点のほうです。
外に出られない日。何もできなかったと感じる一日。
でも、「今日は出られなかった」ということを認識できている時点で、あなたはちゃんと自分の状態を見ています。それを「甘え」と片づけてしまうと、見えていたものまで見えなくなる。
「全部」じゃなくていい
もうひとつ、書いておきたいことがあります。
外出が怖い人の中に、「全部ちゃんとこなさなきゃいけない」と思っている人が多い。
美容院に行って、ついでに買い物もして、役所にも寄って、帰りにカフェでも。それを一度にやろうとするから、全体の負荷が膨れ上がって、結局どこにも行けなくなる。
「今日は美容院だけ」でいい。それ以外は明日でも来週でもいい。
当店で外出同行を利用する方にも、最初は「一箇所だけ」を提案することがあります。
全部を一日でやる必要はない。一箇所行けたら、それで十分。その「一箇所」を、一緒に選ぶところから始められます。
生活全体が止まっている感覚がある方は、「動けない日が続いている」と気づいたとき、私が最初にしたことも読んでみてください。
外出の問題だけでなく、生活全体の「詰まり」について書いた記事です。
「横にいるだけの人」を、探してもいい
ここまで読んで、「でも、こんなことで人に頼っていいのかな」と思った方がいるかもしれません。
その迷いはよくわかります。美容院に付き添ってもらうなんて、子どもみたいだ。役所に一人で行けないなんて、社会人として情けない。そう思ってしまう気持ちは自然です。
でも、「情けない」と感じること自体が、あなたが本当は「自分でやりたい」と思っている証拠でもあります。
「ふたりしずかに」は、内向的な女性のためのレンタルフレンドサービスです。話し相手としてだけでなく、外出の同行もできます。カフェに一緒に行く。買い物に付き添う。役所の待合室で隣に座っている。
それだけでいい。それだけのことが、一人では越えられなかった壁を通らせてくれることがあります。
誰かに頼ること自体に不安がある方には、頼っていいのか、まだわからない。でも、一人で抱えるのは限界だったという記事も準備しています。
完璧に外出できるようになってから頼る必要はありません。
ぐちゃぐちゃのままで構わないし、何も整理できていなくても大丈夫です。次に読むなら、完璧に準備してからじゃなくていい。ぐちゃぐちゃのまま来てくれていいを。

