※このコラムでは、お客様のエピソードを紹介することがあります。個人が特定されないよう配慮し、ご本人の了承を得たうえで掲載しています。
サービスを始めて間もない頃、ある方に帰り際に言われた。「ただ聞いてほしかっただけなんです」。
そのとき私は、気の利いた返事ができなかった。でも、その一言がずっと残っている。
話を聞いてもらうことの本当の意味を、利用者の声から考えた運営者のコラム。
その一言が、私の中にずっと残っている
サービスを始めて間もない頃だった。
まだフレンドの人数も少なくて、私自身が対応に出ることも多かった時期。
ある方との時間が終わったあと、帰り際にぽつりと言われた言葉がある。
「ただ聞いてほしかっただけなんです」
そのとき私は、何も気の利いた返事ができなかった。「そうだったんですね」とだけ答えて、少し黙った。
言葉の意味を、そのときはまだ正確にはわかっていなかったと思う。
ただ、胸のあたりがぎゅっと詰まるような感覚だけが残った。
「聞く」って、こんなに難しいのか
その方は30代で、お仕事が忙しいとおっしゃっていた。
それ以上の詳しいことは書けないけれど、話の内容は、傍から見れば深刻なものだった。
でも、その方が求めていたのは解決策ではなかった。
「アドバイスとか、正論とか、もう要らないんです。友達に言ったら『こうしたらいいよ』って返ってくるでしょう。それがしんどかった」
この言葉を聞いたとき、私はハッとした。
私自身、このサービスを作るとき、「アドバイスをしない」というポリシーを掲げていた。正直に言えば、それは理念としてそう決めただけで、体でわかっていたわけではなかった。
人の話を聞いて、口を挟まず、ただうなずき続ける。
それがどれだけ難しいか。そして、それをしてくれる相手がどれだけ少ないか。この方に教えてもらった気がする。
「聞いてほしい」は、わがままじゃない
この仕事をしていると、似た言葉に何度も出会う。
「こんなことで人の時間を使ってもらうのが申し訳なくて」とか、「たかが話を聞いてもらうだけなのに」とか。そう言う方がとても多い。
たぶん、話を聞いてもらうことに対して、罪悪感を持っている。
自分の話にそこまでの価値はないと思っている。もっと大変な人が世の中にはいるのに、自分ごときが、と。
これは私の感覚だけど、話し相手がいないことを「自分のせい」だと感じている方は、たいてい、自分の気持ちを後回しにするクセがある。
周りの空気を読みすぎて、自分の話を切り出せない。
切り出したとしても「ごめんね、こんな話」と先に謝る。
その姿を見ていると、うまく言えないけど、切なくなる。
フレンドが「うん」と言い続ける意味
最近ふと思い出すのは、あるフレンドから報告をもらったときのことだ。
「今日のお客様、最初の30分くらいはずっと天気の話とか、当たり障りのない話ばかりでした。でも途中から、急に声のトーンが変わって、ぽつぽつと本音を話し始めてくれたんです」
その報告を読んで、私はなんだか嬉しかった。
嬉しかったけれど、同時に、ああ、やっぱりそうなんだな、とも思った。
本当に聞いてほしいことって、すぐには出てこない。
天気の話をしながら、相手が安全かどうかを確かめている。
この人に言っても大丈夫か、笑われないか、引かれないか。そういう時間が要る。
うちのフレンドたちが、カフェでただ「うん」と言い続けている時間。あれは、何もしていないように見えて、たぶん一番大事な時間だ。
私がまだわかっていないこと
「ただ聞いてほしかった」という言葉の奥には、もっとたくさんのものがあるんだろうと思う。
聞いてほしい、でも、聞いてもらうことに慣れていない。
誰かに頼りたい、でも、頼ることが怖い。自分の話をしたい、でも、自分の話に価値があると思えない。
そういう何重にも折り畳まれた気持ちを、私はまだ完全には理解できていない。
この仕事を何年続けても、わからないことのほうが多いのかもしれない。
でも、あのとき帰り際にその方が少しだけ笑って「来てよかったです」と言ってくれたこと。あの表情だけは、ちゃんと覚えている。
話の関係で思い出したけど、先日、全然違う用事で本屋に寄ったとき、「聞く力」みたいなタイトルの本が平積みになっていた。手に取りかけて、やめた。
本で学ぶことじゃないな、と思ったからだ。たぶん、目の前の人の話を聞き続けることでしかわからないことがある。理屈じゃなくて。
「ふたりしずかに」は、話を聞いてもらうためのサービスだ。それは最初から変わっていない。
でも、その「聞く」という言葉の重さを、私は始めた頃よりも少しだけ理解できるようになった。少しだけ。

