夜の10時を過ぎていたと思う。
その日の利用が終わって、フレンドからの報告も確認して、パソコンを閉じようとしていた。そのとき、LINEの通知音が鳴る。
その方は、その日が初めてのご利用だった。2時間のカフェ同行。フレンドからの報告では「穏やかに過ごされていました」とだけ聞いている。
届いたメッセージはこうだった。
「帰り道、ちょっと泣きました。すみません、変なメッセージですよね」
私はしばらくスマホの画面を見つめていた。何と返せばいいのか、言葉が出てこない。
我慢していたものが溢れる瞬間のこと
その方がなぜ泣いたのか、私にはわからない。
利用中に何か辛い話をしたのかもしれないし、逆に、何でもない会話の中でふっと力が抜けた可能性もある。
フレンドの報告では、特別に重い話題が出たわけではなかったようだ。
天気の話、最近読んだ本の話、仕事がちょっとしんどいという話。それくらいだったと聞いている。
でも、この仕事をしていると、こういうことが起きる。
「楽しかったです」でも「ためになりました」でもなく、「泣きました」という感想。
これは私の感覚だけれど、その涙はたぶん、その場で流れたものじゃない。帰り道に、一人になって、ようやく出てきたものだと思う。
「泣くほどのことじゃないのに」という言葉
後日、その方からあらためてメッセージをいただいた。
「泣くほどのことじゃないのに、勝手に涙が出てきて自分でもびっくりしました」と。
この「泣くほどのことじゃないのに」という言い方が、ずっと引っかかっている。
たぶん、ご本人にとっては本当にそうなのだと思う。大きな悲しみがあったわけじゃない。
誰かに酷いことをされたわけでもない。ただ、誰かと一緒にいて、気を遣わずに過ごせた。それだけのことで泣いてしまう自分に、戸惑っているように見えた。
私はそのとき、別のことを考えていた。全然関係ない話なのだけれど、自分が昔、久しぶりに実家に帰ったとき、母親が作った味噌汁を飲んで、なぜか目が熱くなったことがある。
味噌汁なんて毎日飲めるものだ。泣くようなことじゃない。
でも、あのとき確かに何かが緩んだ。誰にも気を遣わなくていい場所に戻った、という感覚だったのかもしれない。
人が泣くのは、悲しいときだけじゃない。ずっと力を入れていた場所が、ふっとほどけたときにも泣く。
その方がどれくらいの間、力を入れ続けていたのかは、私にはわからない。
でも、2時間カフェにいて、天気と本と仕事の話をしただけで涙が出たということは、それだけ長い間、誰かといるときに気を張っていたということだろう。
そういう涙なんだろうと思った。
口コミには書けない感想
レンタルフレンドの口コミや感想を調べている方は多いと思う。「実際に使ってみてどうだったのか」を知りたいのは当然のことだ。
ただ、こうした声は、レビュー欄にはなかなか出てこない。
「帰り道に泣きました」は、星いくつの評価にもならないし、口コミサイトに書く内容でもないだろう。
むしろ、人に知られたくないと思うかもしれない。こんなことで泣いた自分が恥ずかしい、と。
だからこそ、LINEで、運営者にだけ送ってくれたのだと思う。
こういうサービスを利用したことを、友達や家族に話す方はほとんどいない。
ましてや「帰り道に泣いた」なんて、なおさらだ。誰かに話したら、心配されるか、変に思われるか。そう考えるのは自然なことだと思う。
私はこの仕事を通じて、そういう「人には見せない感想」をいくつか受け取ってきた。
レビューには載らないけれど、たしかにあった時間の記録。
あとで聞いた話では、その方は帰りの電車の中で泣いたらしい。マスクをしていたから、たぶん誰にも気づかれなかったと思う、と言っていた。
返信に迷った夜
正直に書くと、最初のメッセージをもらったとき、私は返信に迷った。
「泣いてもいいんですよ」と書くのは簡単だ。
でも、それは私が言うことなんだろうか。泣くか泣かないかは、その方が決めることで、私が許可を出すようなものじゃない。
結局、こう返した。
「変じゃないですよ。送ってくださってありがとうございます」
それが正解だったかどうかは、今でもわからない。
もっと気の利いた言葉があったのかもしれない。でも、あの夜、私が言えたのはそれだけだった。
泣いてもいい場所について、私はずっと考えている。→その話はこちらで
あの夜から変わったこと
あのメッセージをもらってから、私は少しだけ、利用後の時間のことを考えるようになった。
フレンドと過ごしている2時間だけがサービスの時間だと思っていた。
でも、本当はそうじゃない。帰り道の電車の中、家に着いてからの静かな時間、そこで初めて感じることがあるらしい。
この仕事は、利用者の方がフレンドと別れた後にも続いている。
大げさに言いたいわけじゃない。何かが劇的に変わるとか、そういうことではない。
ただ、ずっと力を入れていた場所が少しだけ緩む。それだけのことが、帰り道の涙になることがある。その事実を、私はあの夜に知った。
あの方は今も、ときどき「ふたりしずかに」を利用してくれている。2回目の予約をしてくれたときの話は、また別の機会に書きたい。

