秋の公園で一人ベンチに座り、娘を見つめる私。
学生時代から続く人との距離感、職場での居場所のなさ、離婚後の経済不安。
すべてが重なり「消えてしまいたい」と思った夜。
しかし、何気ない日常の中のささやかな出来事が、長年凍りついた私の心に小さな変化をもたらした。
これは38歳、一人の母親が自分自身と向き合い、ほんの少しだけ前を向き始めた物語。完璧でなくていい、少しずつでいい。
深呼吸して踏み出す、新しい一歩の記録。
「消えてしまいたい」と願うほど孤独。でも、ほんの小さなきっかけで、人は少しだけ顔を上げられるのかもしれない。レンタルフレンドの「ふたりしずかに」が少しだけ動かします。
— ふたりしずかに (@futa_shizukani) May 6, 2025
秋風がしみる公園と、見えない壁

秋の週末。乾いた風が少し肌寒い公園で、私はベンチに座って娘の美咲(みさき)が友達と遊んでいるのを眺めていた。
小学4年生になった娘は、もう私がいなくても友達と勝手に約束して、勝手に世界を広げていく。
その成長は嬉しいはずなのに、どこか遠くに行ってしまうような寂しさも感じる。
私の手が届かない場所が増えていく。
すぐ隣のベンチでは、同じくらいの年の子を持つ母親たちが楽しそうにおしゃべりをしている。
時折、こちらに視線が向けられるのを感じるけれど、目が合うとすぐに逸らされる。
私から話しかけることなんて、もちろんできない。
彼女たちの間には、私には見えない、でも確実にある「壁」のようなものを感じる。
それはきっと、私が勝手に作り上げている壁なのかもしれないけれど。
学生の頃からずっとこうだった。
グループの中心にいる子たちを遠巻きに眺めているだけ。
休み時間は一人で本を読んでいるか、当たり障りのない子と二人で静かに過ごすか。
それが私の定位置だった。
気づけば38歳。母親になり、離婚も経験して、少しは図太くなったかと思っていたけれど、根っこの部分は何も変わっていない。
人と自然に打ち解ける方法が、いまだに分からない。
『今日も、結局誰とも話さなかったな…』
公園からの帰り道、美咲が今日の出来事を一生懸命話してくれる横で、そんなことを考えていた。
娘の屈託のない笑顔を見ていると、私のこの淀んだ気持ちを知られたくない、と思う。
この子には、私みたいに人間関係で悩んでほしくない。
そう思うのに、私は良いお手本には到底なれそうもない。秋風が、やけに心にしみた。
会社の飲み会、私は今日も「隅の人」

数日後、会社で部署の歓送迎会があった。
こういう場が、私は昔から本当に苦手だ。
新しい人が入ってきた歓迎会と、異動する人の送別会。
主役がいる席は盛り上がっているけれど、私はいつも通り、一番端の、会話の中心から最も遠い席にそっと座る。
「橘さん、飲んでますかー?」 たまに気を遣って声をかけてくれる人もいるけれど、当たり障りのない返事をして、すぐに会話は途切れてしまう。
何を話せばいいのか分からない。
みんなが笑っている話題に、どう入っていけばいいのか分からない。
周りの楽しそうな声が、まるで分厚いガラス越しに聞こえるように遠い。
経理という仕事柄、普段から他の部署との関わりは少ない。
同じ部署内でも、仕事の話以外はほとんどしない。
もうこの会社に勤めて10年以上になるけれど、「同僚」はいても、「友達」と呼べる人は一人もいない。
みんな、私のことを「真面目だけど、ちょっと付き合いにくい人」くらいに思っているんだろうな、と思うと、胃がキリリと痛む。
『早く終わらないかな…』
時計ばかり見て、ビールをちびちび飲む。誰かが話す面白い話に、作り笑いを浮かべる。
本当は、私もみんなと楽しく話したい。
もっと気楽に、冗談を言い合ったり、悩みを相談したりできる関係がほしい。
でも、いざとなると体がこわばって、言葉が出てこない。
結局、二次会には誘われることもなく(誘われても断ってしまうだろうけど)、一人、早々に店を出た。
帰り道、賑やかな駅前の喧騒が、私の孤独を際立たせているように感じた。
なんで私は、こんなに不器用なんだろう。
「大丈夫?」娘の言葉が刺さった夜
飲み会で感じた疎外感と、何もできなかった自分への嫌悪感を引きずったまま家に帰ると、美咲はもう寝る準備を終えていた。
「ママ、お帰りなさい。おそかったね」 「うん、ただいま。ごめんね、遅くなって」 疲労感でいっぱいで、笑顔を作る余裕もなかった。
ソファにどさりと座り込み、大きくため息をつく。その時だった。
「…ママ、最近ため息ばっかりついてるよ。大丈夫?」
パジャマ姿の美咲が、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
その真っ直ぐな瞳に、ドキリとした。私のこの暗い気持ち、この子に伝わってしまっていたんだ。隠しているつもりだったのに。
「え…?あ、うん、大丈夫だよ。ちょっと仕事で疲れただけ」 慌てて取り繕ったけれど、声が震えていたかもしれない。
「でも、元気ない顔してる。何かあったの?」 畳み掛けるような娘の問いに、言葉に詰まる。
会社の飲み会でうまく振る舞えなかったことなんて、言えるはずもない。
『この子にまで、心配かけてる…』
情けなさと罪悪感で、胸が締め付けられるようだった。
私は母親なのに。この子の前では、いつも笑顔で、頼りになる存在でいなければいけないのに。
私のせいで、娘にまで不安な思いをさせているのかもしれない。
「ううん、本当に大丈夫。心配してくれてありがとうね。さ、もう寝る時間だよ」 無理やり笑顔を作って、美咲を寝室へ促す。
娘が眠った後、一人リビングに残された私は、さっきの娘の言葉を何度も反芻していた。
大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
でも、それを誰にも言えない。
言える相手がいない。
その事実が、重くのしかかってきた。
思い出すのは、いつも一人だった自分
娘に心配をかけさせてしまった夜から、私の心は過去へと遡ることが多くなった。
どうして私は、こんなに人付き合いが苦手なんだろう。
思い出すのは、小学校の休み時間。
みんながドッジボールをしている校庭の隅で、一人、図書室から借りてきた本を読んでいた自分。
中学校の教室移動。
いつも二人組か、余った私。
高校の文化祭。クラスの打ち上げには行かなかった。
行けなかった。
大学で、奇跡みたいに一人だけ、心から話せると思える友達ができた。
彼女とは、くだらないことから真面目なことまで、何でも話せた。
でも、卒業と同時に彼女は遠い地方へ就職し、あっという間に疎遠になってしまった。
私がもっと積極的に連絡を取っていれば、関係は続いたのかもしれない。
でも、できなかった。
迷惑じゃないか、忙しいんじゃないか、そう考えているうちに、連絡するタイミングを失ってしまった。
結婚式の知らせも、SNSを通して知ったくらいだ。
もちろん、私は呼ばれていない。
そして、私には結婚式に呼べる友達なんて、一人もいない。
恋愛だって、上手くいったためしがない。
数少ない経験の中で、優しくされたと思ったら都合よく利用されていただけだったり、私のこの性格が「重い」と言われて振られたり。
元夫との結婚も、結局は性格の不一致。
彼にも、私は最後まで心を開けなかったのかもしれない。
離婚して5年。もう、誰かと恋愛関係になることなんて考えられない。
考えたくない。傷つくのは、もうこりごりだ。
『結局、私は昔から何も変わっていないんだ…』
自分なりに、明るく振る舞おうとしたり、会話の本を読んだり、努力したつもりだった。
でも、根本的な何かが欠けている。
人との間に、温かい信頼関係を築く能力が。
38歳にもなって、こんなことで悩んでいるなんて、本当に情けない。
キラキラしたSNS、重くなる現実

そんな自己嫌悪に拍車をかけるのが、スマートホンの中に広がる世界だ。
特に、たまに見てしまうInstagram。
キラキラした日常が、そこには溢れている。
ある晩、美咲が寝た後、何気なくInstagramを開いた。
フィードに流れてきたのは、大学時代の、顔見知り程度だった同級生の投稿。
家族で海外旅行に行ったらしい、満面の笑みの写真。
お洒落なレストランでの食事、ブランドのバッグ…。
私とは別世界の住人のようだ。
もちろん、SNSなんて良い部分しか見せないものだって、頭では分かっている。
みんな、それぞれに悩みや苦労を抱えているのかもしれない。
でも、その「キラキラ」は、私のささくれだった心にはあまりにも眩しすぎた。
『それに比べて、私は…』
会社と家の往復。休日は娘と公園か、近所のスーパー。
たまの贅沢は、一人で入るカフェのコーヒー。
旅行なんて、いつ行ったのが最後だろう。
元夫からの養育費は滞りがちで、将来の教育費を考えると、贅沢なんてできるはずもない。
友達も、パートナーもいない。あるのは、漠然とした孤独と将来への不安だけ。
ズキズキと痛む胸を押さえながら、私はそっとアプリを閉じた。見なければいい。
分かっているのに、見てしまう。
そして、比べて落ち込む。この無限ループから抜け出せない自分が、本当に嫌だった。
「いっそ、消えてしまえたら」と願うほどに
そんな日々の中で、追い打ちをかけるような出来事が起きた。
ポストに入っていた一通の封筒。それは、元夫の代理人弁護士からで、養育費の支払いが今後さらに困難になる、という内容の事務的な通知だった。
予想はしていた。最近、支払いが遅れることが続いていたから。
でも、改めて突き付けられると、目の前が暗くなるような感覚に襲われた。
ただでさえ、毎月ギリギリの生活なのに。
これから美咲にはもっとお金がかかる。
私一人の稼ぎで、この子をちゃんと育てていけるんだろうか。
不安で、心臓がバクバクした。
その夜、実家の母親から電話があった。
「元気にしてる?」「美咲ちゃんは変わりない?」当たり障りのない会話の後、決まって聞かれる。
「…佳奈は、その、一人で大変でしょう。いい人はいないの?」 悪気がないのは分かっている。
心配してくれているのも。でも、その言葉が今はナイフのように突き刺さる。
「うーん、まあ、ぼちぼちかな」 曖昧に笑って誤魔化す。
本当のことを言えるわけがない。
彼氏もいない、友達もいない、養育費も滞って将来が不安で仕方ないなんて。
心配をかけたくない。
そして何より、そんな惨めな自分を認めたくない。
電話を切った後、涙がこぼれた。
どうして私ばっかり、こんなにうまくいかないんだろう。
普通に友達がいて、普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に家族と笑って暮らす。
そんな「普通」が、私にはどうしてこんなに難しいんだろう。
もう、何もかもが嫌になった。頑張っても頑張っても、何も変わらない。
努力の仕方も、もう分からない。
このまま一人で、お金の心配をして、誰にも頼れずに生きていくの?
そんな未来を想像すると、息が詰まりそうだった。
『もう、疲れた…』
気づけば、コートを羽織って外に出ていた。
冷たい夜風が頬を刺す。近くのコンビニまで、何か温かいものでも飲もうと思ったのかもしれない。
街灯がぽつりぽつりと灯る道を歩きながら、ふと思った。
『このまま、どこか遠くへ行ってしまいたい…』
『朝、目が覚めなければ、どんなに楽だろう…』
そんな考えが頭をよぎる自分が、怖かった。
でも、それくらい、心が追い詰められていた。
コンビニの明るい光が、やけに目に染みた。
行きつけのカフェ、予期せぬ一言

絶望的な気持ちを抱えたまま迎えた週末。
私はいつものように、一人で近所の小さなカフェに向かった。
ここは、あまり混んでいなくて、静かで、私の数少ない「居場所」のような場所だった。
いつも窓際のカウンター席に座り、コーヒーを飲みながら、ただぼんやりと外を眺める。
それが、私の心を少しだけ落ち着かせるための儀式みたいになっていた。
その日も、いつものように「ブレンドコーヒー、ホットで」と注文した。
いつもは無言でカップを差し出してくれる、少し無愛想な印象の男性店員さんが、その日は珍しく口を開いた。
「いつもありがとうございます。…あの、この豆、今日から新しいのに変わったんですよ。少し深煎りなんですけど、よかったら」
予期せぬ言葉に、一瞬、何を言われたのか分からなかった。
いつもは、注文と会計以外の言葉を交わすことなんてない。戸惑って、声がうまく出せない。
「…あ、そう、なんですね」 やっとそれだけ言うのが精一杯だった。
店員さんは「どうぞ」とだけ言って、またいつもの無表情に戻った。
席について、コーヒーを一口飲む。
確かに、いつもより少し苦みが強くて、香りが深い気がした。
それだけのこと。
本当に、それだけのことなのに。
なぜか、私の凍りついていた心の何かが、ほんの少しだけ、カラン、と音を立てて溶けたような気がした。
『…話しかけてくれた』
ただそれだけなのに。
私という存在を、ただの「客A」ではなく、「いつも来てくれる人」として認識してくれていたこと。
そして、ほんの少しだけ、余計な一言を添えてくれたこと。
それが、暗闇の中に差し込んだ、本当に小さな、小さな光のように感じられた。
馬鹿みたいだ、と思う。
たったそれだけのことで。
でも、その時の私には、それが大きな出来事だった。
変わりたい、でも怖い。それでも…
カフェからの帰り道、さっきの店員さんとの短いやり取りを、何度も頭の中で繰り返していた。
もし、私がもう少し愛想よく「楽しみです」とか言えていたら?
もし、飲み終わった後に「美味しかったです」と伝えられたら?
『…できるわけないか』
すぐに、いつもの自己否定が顔を出す。
私にそんなこと、できるはずがない。また気まずくなるだけだ。
そうやって、いつもチャンスを逃してきた。
人との間に壁を作り、自分から距離を取ってきた。
傷つくのが怖くて。
拒絶されるのが怖くて。
でも。 『このままじゃ、嫌だ』
あの夜、コンビニに向かう道で感じた、底なしの絶望感。
もうあんな気持ちにはなりたくない。
消えてしまいたいなんて、もう思いたくない。
美咲のためにも。
そして、何より、私自身のために。
変わりたい。
心の底から、そう思った。
38歳。もう若くはない。
今さら変われるなんて、甘いのかもしれない。
長年こびりついた性格や考え方の癖は、そう簡単には直らないだろう。
でも、このまま、何もせずに諦めてしまうのは、あまりにも寂しすぎる。
人生100年時代とか言うけれど、まだ半分も生きていない。
この先の人生も、ずっとこの孤独と不安を抱えて生きていくなんて、耐えられない。
怖い。
すごく怖い。
また失敗するかもしれない。
傷つくかもしれない。
でも、動かなければ、何も変わらない。
それだけは、確かなことだ。
顔を上げて、まずは深呼吸

家に帰り、窓の外を見る。
空は、昨日と同じように曇っていた。
私の状況が、すぐに何か劇的に変わるわけではない。
養育費の問題も、仕事での人間関係も、私の内向的な性格も、すぐにはどうにもならないだろう。
でも、ほんの少しだけ、顔を上げることができた気がする。
あの、どん底のような気持ちからは、少しだけ浮上できたような。
『まずは、自分を責めるのをやめよう』
そう思った。私は今まで、ずっと自分を責め続けてきた。
上手くできない自分、変われない自分を。
「もっとこうすべきだった」「なんで私はこうなんだろう」って。
でも、責めたって何も変わらない。
むしろ、どんどん苦しくなるだけだ。
完璧じゃなくていい。人付き合いが苦手な私だっていい。
まずは、そんな自分を、少しだけ受け入れてみよう。
そして、娘の「大丈夫?」という言葉に応えられるように、まずは自分の心と体を大切にしよう。
ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、疲れているときは無理をしない。
そして、ほんの小さなことから、何かを変えてみよう。
例えば、次にあのカフェに行ったら、「この間のコーヒー、美味しかったです」って、勇気を出して言ってみようか。
言えなくても、せめて「ありがとう」と、少しだけ心を込めて言ってみよう。
会社でも、挨拶をするときに、ほんの少しだけ口角を上げてみようか。
美咲の話を聞くときは、スマホを置いて、ちゃんと目を見て聞いてあげよう。
そんな、本当に小さな、小さなこと。
でも、今の私にとっては、それが大きな一歩になるかもしれない。
未来への不安が消えたわけじゃない。
相変わらず、怖い。
またすぐに、壁にぶつかって落ち込むかもしれない。
でも、今は、あの真っ暗なトンネルの中にいた時とは、少しだけ違う場所にいる気がする。
顔を上げて、ゆっくりと深呼吸する。
大丈夫。きっと、少しずつでも、変わっていける。
そう信じたい。
いや、そう信じて、歩き出そう。
私の、新しい一歩を。

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あき
29歳/兵庫・大阪 -



あられ
小学校教諭/26歳/東京・千葉・埼玉 -



喜白いずゆ
42歳/神奈川 -



つかさ
33歳/茨城・東京 -



アナ
51歳/関西・大阪・和歌山 -



たいし
21歳/埼玉・東京・神奈川 -



柊
43歳/東京 -



ふゆみ
18歳/札幌 -



みゆ
看護師/26歳/宮﨑 -



みのり
看護師/26歳/福岡 -



のり
図書館司書/40歳/東京 -



みさこ
歯科衛生士/29歳/京都・奈良・大阪 -



たけうちこころ
21歳/東京・埼玉 -



ゆうき
24歳/東京都 -



あさひ
34歳/東京・埼玉 -



ゆうすけ
29歳/東京 -



オーナー
オーナー/40歳/埼玉・東京 -



ひなた
作業療法士/23歳/神奈川・東京 -



由紀緒
36歳/和歌山/障害支援区分認定調査員/RYT200(全米ヨガアライアンス) -



みのん
28歳/東京








