フレンドから「今日、あの方が笑ったんです」とメッセージが来た。
たった一行。でも、私はその報告を何度も読み返した。
あの方の1回目を、私は覚えている
初回のことは、担当フレンドからの報告で知った。
「ほとんどお話しされませんでした」と書かれていた。カフェで向かい合って座ったけれど、目はずっとテーブルの上にあったらしい。うなずくことはあっても、自分から言葉を出すことは少なかったそうだ。
→初回の「はじめまして」の空気については、以前こちらに書きました。
あの独特の緊張感を、その方もきっと感じていたのだと思う。
フレンドは「沈黙が多かったですが、居心地が悪そうではなかったです」と書いていた。
それだけで十分だった。初回は、来てくれたこと自体がすべてだから。
ただ、正直に言えば、あの報告を読んだとき、少し不安だった。「2回目はないかもしれない」と思った。
来てくれただけでもすごいことだと頭ではわかっている。でも、運営者としてはどうしても次のことを考えてしまう。あの方は、帰り道にどう感じたんだろうと。
2回目に、少しだけ声が変わった
2週間くらい経って、その方から予約の連絡が入った。
嬉しかったかと聞かれれば、もちろん嬉しかった。けれどそれよりも、安堵に近い感覚だったと思う。
「あの時間が、あの方にとって完全に無意味ではなかったのかもしれない」と思えたことへの安堵。
2回目のフレンドの報告には、こう書かれていた。「前回よりも声が少し大きくなっていた気がします」
声が大きくなった。
それだけだ。笑顔が見られたとか、悩みを打ち明けてくれたとか、そういう劇的な話ではない。ただ、声が前回よりも少し大きかったという、それだけの変化。
でも私は、その一文がずっと頭に残っていた。
→2回目のことについては、こちらの話にも通じるものがあります。
自分の意思で「もう一度行こう」と思ってくれたこと。その決断の重さを、私はこの仕事をしてからようやく理解できるようになった。
3回目に、何が起きたか
3回目の利用の後だった。フレンドからメッセージが来た。
「今日、あの方が笑ったんです」
ひとこと添えて、こう続いていた。「帰り際に、『また来ます』って言ってくれました。そのときの表情が、1回目とはぜんぜん違いました」。
笑ったという事実も嬉しかった。でもそれ以上に、フレンドがそれを報告してくれたことが嬉しかった。「笑ったんです」というあの文面には、フレンド自身の感情が滲んでいた。うまく言えないけど、そういう温度のあるメッセージだった。
私にはその場面が見えていない
ここで正直に書いておかなければならないことがある。
私はその場に居合わせていない。その方の表情の変化を、自分の目で見たわけではない。フレンドの報告を通じて知っているだけだ。
だから、「変わった」と断言するのはためらいがある。
もしかしたら、その方はもともと笑える人で、1回目と2回目は単に緊張していただけかもしれない。
たまたま3回目に気分がよかっただけかもしれない。サービスとは関係のない、プライベートの何かが好転したのかもしれない。
そう考え始めると、私たちの「効果」なんてものはどこにも証明できないような気がしてくる。
でも。
フレンドが「笑ったんです」と送ってきたとき、私の手は止まった。胸の奥がじんわり温かくなった。その感覚だけは、嘘ではない。
「効果」という言葉が、ときどき苦しくなる
ふと関係のないことを思い出した。先日、まったく別の文脈で「費用対効果」という言葉を目にしたときのこと。
仕事をしていれば何度も出会う言葉だ。でも、あのフレンドの報告を読んだ後だったせいか、妙に引っかかった。
この仕事に「効果」があるかと聞かれたら、私は言葉に詰まる。
レンタルフレンドを利用して、人生が変わりましたという声がほしいわけではない。そういう言葉をもらったとしたら、たぶん嬉しいよりも先に怖くなると思う。
私たちは誰かの人生を変えられるほどの存在ではないし、そんな責任を背負うべきでもない。
でも、「何も変わらなかった」と思われたら、それもやっぱり、こたえる。
これは私の感覚でしかないけれど、レンタルフレンドにできることがあるとしたら、それは「変える」ことではなく、「揺らす」ことに近いのだと思う。ずっと固まっていた何かを、ほんの少しだけ揺らす。揺れたその先に何が起きるかは、ご本人次第だ。
あの方が3回目に笑ったのは、フレンドの力なのか、本人の力なのか。たぶん、両方であり、どちらでもない。ただ、あの方が3回来てくれたということ、3回目に笑顔が出たということ。その事実は残っている。
小さな変化を見逃さないでいたい
「変化」とか「効果」という言葉を使うとき、つい大きなものを想像してしまう。人前で話せるようになったとか、友人関係が劇的に改善したとか。
でもこの仕事で出会う変化は、もっと小さい。声が少しだけ大きくなったとか。帰り際に「また来ます」と言ってくれたとか。予約のメッセージの文章が、前回より少し長くなっていたとか。
それを「効果」と呼んでいいのか、私にはまだわからない。
ただ、あの方が1回目にうつむいていたこと、3回目に笑ったこと。フレンドがそれを嬉しそうに報告してくれたこと。その流れの中に、私は確かに何かが動いたのを感じた。
それが何なのかは、うまく言葉にできない。でも、ふたりしずかにという場所が、小さな揺れの起点になれているのだとしたら、それだけでこの仕事を続ける理由になる。
そう思っている。
次の話では、利用者の方から届いた「職場での変化」について書いてみたいと思う。

