音楽と共に生きる──GLAYから始まった私の40年

音楽と共に生きる──GLAYから始まった私の40年

みなさんは「初めて買ったCD」を覚えていますか?

私にとって、それはGLAYの『pure soul』でした。

Dir en grey、X JAPAN、ラルク、SUM41、アニソンまで。

このコラムでは、私の音楽遍歴とそれにまつわる青春の記憶を、主観たっぷりに振り返っています。

完全に自己満ですが、音楽と共に歩んできた人なら、どこか共感できるかもしれません。

暇つぶしにでも読んでってください。

目次

初めて買ったCDはGLAYの「pure soul」

中学1年生の時、人生で初めて自分のお金でCDを買いました。

当時の私は、お小遣いを貯めてCDを1枚買うのが精一杯だったので。

1,000円だけどA面/B面と曲の少ない8センチシングルではなく、10曲くらい入っている約3,000円のアルバムを選びました。

タワレコやHMVなどの大型店ではなく、近所の個人経営のCDショップ。

そのお店は、小さながらもジャンルを問わず様々な音楽が詰まっており、地元の音楽ファンから人気でした。

けど、地元の高校生やヤンキーもお店にいたので、若干の怖さもあったのを覚えています。

何度もお店の周りを自転車でぐるぐると回り、誰も店内にいないことを確認してから何とか入店。

そして、ついにGLAYの4枚目のアルバム「puresoul」を手に入れたのです。

puresoulを選んだ理由

GLAYのpuresoulを選んだ理由は二つあります。

  • クラスの好きな子がGLAYを聴いていると言っていたから
  • 明治の「ホルンとフラン」でGLAYの曲が流れていたから

家に帰って、初めて「pure soul」を聴いた時の衝撃は忘れられません。

当時KENWOODのCDコンポが自宅にあったので、やたらでかい音と低音が響きました。

「バンド」というものを初めて聞いたことや、音の鮮明さに圧倒され、中学生ながら歌詞の深さに心を打たれました。

GLAYに出会えたことで、私の音楽の趣味は大きく変わりました。

それから20年以上が経った今でも、「pure soul」を聴くと、あの頃の甘酸っぱい思い出がよみがえってきます。

余談ですがその後クラスの好きな子と付き合うことになります。

一緒にpuresoulのツルツルした歌詞カードを広げて、曲の意味を語り合ったことは、かけがえのない思い出となっています。

お互い別の高校に行くことになり別れることになりました。

中学生時代:あゆ派 vs 亜美派、GLAY派 vs L’Arc~en~Ciel派

中学生の頃、友人間でよく話題に上ったのは、音楽の好みでした。

特に

  • 浜崎あゆみ派か、鈴木亜美派か
  • GLAY派か、L’Arc~en~Ciel派か

というのは、給食の時間や放課後に無限の話題を提供してくれました。

当時はまだストリーミングサービスなんてなく、好きなアーティストのCDを買うか、テレビやラジオで彼らの音楽を追いかけるしかなかったので、その〇〇派という選択はなによりも個性を表していました。

COUNT DOWN TVの放送翌日には特に議論がありました。

深夜放送だったので眠かったです。

全員独自理論で好きなポイントを語るのは楽しかったですね。

浜崎あゆみと鈴木亜美

ほぼ同時期にデビューを果たした二人です。

あゆが1998年4月、亜美が同年7月です。

両者とも、当時大人気だった華原朋美の後継者的存在として注目を集めていました。

鈴木亜美は小室哲哉プロデュースの「小室ファミリー」の一員として華原と入れ替わりでデビュー。

ASAYANが切っ掛けでしたね。相性は「あみーご」だったと思います。

一方の浜崎あゆみは、エイベックスが小室に対抗するために送り出した、いわば華原のクローンとも言える存在でした。

デビュー当初は、小室のネームバリューもあって鈴木亜美の方が売り上げで優位に立っていました。

翌年リリースされたファーストアルバムで両者ともに100万枚を超えるヒットを記録し、ここから両者の人気は拮抗していきます。

そして、1999年に浜崎あゆみの「Boys & Girls」が大ヒットを記録したことで、浜崎が一気にブレイク。

さらに2000年に鈴木が芸能界を一時離れたこともあり、結果的に浜崎あゆみがカリスマ的存在となったと記憶しています。

しっぽつけてましたか?

GLAYとL’Arc-en-Ciel

GLAYとL’Arc-en-Cielは、1990年代を代表するロックバンドとして、常に比較の対象となってきました。

同じ時期に活躍し、ともにヴィジュアル系の代表格として認知されていたことから、中学のクラスでは「GLAY派」「L’Arc-en-Ciel派」に分かれて応援する風潮がありました。

「ラルクはV系ではない」というご意見がありますが、大丈夫です。後述しますが私はかなりラルクもV系も好きなので、V系の歴史や、ラルクのあれこれも把握しています。あくまで一般論としてご覧頂ければと。

音楽性に関しては、

  • GLAYが親しみやすいポップなロックサウンド
  • L’Arc-en-Cielは芸術性の高い独特のサウンド

で熱狂的なファンを獲得していました。

ラルクのデビュー曲はBlurry Eyesでは?と思われる方もいますが、正確にはビデオシングルの「眠りによせて」がデビューとなります。

puresoulを切っ掛けにGLAYの過去の曲にも興味をもち、Rainにたどり着きます。

そして、どうやらYoshiki(X JAPAN)というとてつもない大きな存在がいる事をなんとなく知ります。

両者の対立構図は、時にはメディアによって意図的に作り出されたものでもありました。

しかし2007年、L’Arc-en-Cielの主催イベント「JACK IN THE BOX」で、GLAYのTERUとTAKUROがサプライズ出演。

お互いのヒット曲を披露するという夢の共演が実現しました。

これにより、両バンドの確執?は解消されたと言われています。

99年~2000年代

その他

  • モー娘。
  • 宇多田ヒカル
  • Hysteric Blue
  • ELT

などをなんと無く聞いていたのですが、結果GLAYとラルクに落ち着いた中学時代でした。

高校生時代:どっぷりV系にハマる | Dir en greyとX JAPAN

高校生だった頃、日本のロックシーンは多彩なバンドで溢れていましたが、中でもDir en greyX JAPANは、私の青春を彩る重要な役割を果たしました。

この2つのバンドは特別な存在となります。

Dir en grey

高校に入学して割とすぐに仲良くなったYくん。

髪の毛がアシンメトリーで雰囲気も独特。

風の噂で、どうやらベースをやっているらしいと知ります。

そんなYくんから、おすすめだと言う「Dir en grey」のCDを借りた。

GAUZEっていうメジャーのファーストアルバム。

最初は正直なところただのノイズに聞こえたけど、中毒性があることに気づいた。

同時に何かをぶっ壊そうにしている、伝えようとしてるような…不思議な感じがする、と徐々にハマっていく。

Yくんは「激しくて最高だよ」と言ってた。

今までそんなことを感じたことがなかったけど、初めて少し分かった気がする。

また、どうやら「Dir en greyにもYoshikiが係わっている」と言うことを、GAUZEの歌詞カードの最後のページで「produce Yoshiki」にて把握します。

小さい文字でしたが隅々まで見ていたなぁと。

後にYくんから「バンド一緒にやらない?」と誘われ、高校生でギターを始めることになったのです。

X JAPAN

Yくんに「XのCDって持ってる?」と聞き、すぐに借りました。

テレビで流れていて、なんと無くForever Loveは知っていたので、「あのバラードのバンド?」くらいの感覚でしたが、Yくんから借りたのは「BLUE BLOOD」というアルバム。

V系には特に抵抗はなかったのですが、メロディアスでヘビーで壮大な音楽性は別物でした。

Yoshikiがドラマーだと言うこともこの時に知ります。それまではピアニストだと思ってました。

GLAYやラルクも男性の中ではハイトーンボイスだなと思ってましたが、Toshiは異次元だなと。

Dir en greyとX JAPAN、一見するとスタイルの異なる2つのバンドですが、彼らに共通しているのは”振り切る姿勢”だと感じています。

激しさの中にも繊細さがあり、時に聴く者の心を深く見つめるような歌詞の数々。

彼らの音楽は、高校生の青春そのものでした。

ライカエジソンと自主盤倶楽部

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