【オーナーコラム#23】「散歩しながらでいいですか?」と言った方の話

【オーナーコラム#23】「散歩しながらでいいですか?」と言った方の話

「向かい合って座ると、うまく話せなくなるので」

予約の備考欄にそう書いた方がいた。選んだのは、カフェでもなく通話でもなく、散歩。

横に並んで歩くだけで、言葉の出方が変わることがある。

ある方との散歩を通じて運営者が感じたこと。

目次

真正面じゃなくていい

予約のメッセージに、こう書いてあった。

「散歩しながらでいいですか?」

カフェでもファミレスでもなく、散歩。

しかも「いいですか?」と遠慮がちに聞いてくる。

私はその一文を読んで、少し立ち止まった。

その方は20代後半の女性で、利用は初めてだった。

予約の備考欄にはもうひとつ、短い一文が添えてあった。

「向かい合って座ると、うまく話せなくなるので」

ああ、と思った。

人と会うこと自体が嫌なわけじゃない。でも、面と向かって目を見て話すのがつらい。そういう方は、これまでにも何人かいた。

以前、「会いたいけど、会うと疲れる」という矛盾について書いたことがあるけれど、まさにそういうことだと思う。

会いたい気持ちと、会ったときの消耗が、同時に存在する。

それは矛盾じゃなくて、たぶん、その人の中ではちゃんとつながっている。

フレンドには「散歩でお願いします」と伝えた。

待ち合わせは、都内のある公園の入り口。平日の昼間だった。

横に並んで歩くと、言葉が変わる

当日のことを、担当したフレンドが報告してくれた。

最初の10分くらいは、ほとんど会話がなかったらしい。

お互いに歩くペースを探りながら、木漏れ日の中をただ歩いていた。

風が吹くと木の葉がさらさら鳴って、ジョギングしている人が横を通り過ぎていく。そういう音だけが間を埋めていたという。

フレンドは急かさなかった。「いい天気ですね」とか、そういう当たり障りのない話もしなかった。

ただ、同じ速さで歩いた。

しばらくして、その方がぽつりと話し始めたそうだ。

職場のこと。うまくいかない人間関係のこと。話しながら、ときどき前を見て、ときどき足元を見ていたらしい。フレンドもまっすぐ前を見ていた。

これを聞いて、私はなるほどなと思った。

向かい合うと「聞かれている」感覚になる。でも横に並んで歩いていると、「一緒に同じ方向を見ている」感覚になるのだと思う。

言葉の出どころが変わるというか、話す相手に向けて言葉を投げるんじゃなくて、目の前の景色に向かって独り言のようにこぼす。

それを隣にいる人がたまたま聞いている。そういう距離感。

うまく言えないけど、散歩には、会話のハードルを下げる力がある。

池のほとりで足が止まったとき

歩き始めて30分ほどで、園内の池が見えてきた。

ベンチがいくつかあって、鳩が足元をうろうろしている。よくある風景だ。

その方が「ちょっと座りたいです」と言った。

フレンドが隣に座ると、少し間があって、急に笑い出したという。

「なんか、友達と歩いてるみたいですね」

フレンドは「そうですね」とだけ返した。

私はこの報告を読んで、少し胸が詰まった。

「友達と歩いてるみたい」という言葉の裏に何があるか、推測で語るのは控えたい。

ただ、この仕事をしていると、そういう何気ない一言がずっと頭に残ることがある。

そのあとは、池を見ながらぽつぽつと話が続いたらしい。

途中で話が止まっても、鳩を眺めたり、水面に映る雲を見たりして、沈黙が苦しくならなかった、とフレンドは言っていた。

ふと思い出したけれど、私自身も誰かと深い話をするとき、並んで座っているほうが楽だ。横並びの居酒屋カウンターで、友人にぽろっと本音を漏らしたことがある。

あれは、目が合わないからこそ言えた言葉だった気がする。

散歩や横並びの席が持つ効果は、たぶん内向的かどうかに関係なく、多くの人にとって自然なものだと思う。

でも、「散歩でお願いしたい」とわざわざ伝えるには勇気がいる。

変な頼み方だと思われないか、面倒だと思われないか。そう考えてしまう方は多い。

だから私はあのとき、「散歩しながらでいいですか?」という遠慮がちな一文を見て、この方のことをちゃんと受け止めたいと思ったのだと思う。

歩くことで開く、もうひとつの対話のかたち

散歩を選んだ方は、その後もう一度利用してくれた。二度目もやっぱり散歩だった。

フレンドの報告によると、二度目は最初から言葉が出ていたそうだ。

つまりリピートしてくれたのだ。

一度目よりも歩くペースが速くて、話すテンポも少し上がっていたという。

「前回よりリラックスしていたように見えました」とフレンドは書いていた。

断定はしていない。「見えました」という言い方が、うちのフレンドらしいなと思った。

散歩という選択肢があることで、「対面は無理だけど、歩きながらなら」という方が来てくれることがある。カフェや飲食店だけがレンタルフレンドの場所ではない。

公園の遊歩道でも、川沿いの道でも、買い物がてらの商店街でもいい。

歩きながらなら話せる、という人は意外と多いのだと、この仕事を通じて知った。

散歩の途中、ふいに相手が黙ったとしても、それは気まずさじゃなくて、言葉を探しているだけかもしれない。

歩いていれば、沈黙にも足音がついてくる。その足音が、二人の間をつないでくれる。

これは私の感覚だけど、「話す」ことと「一緒にいる」ことは、似ているようで少し違う。

散歩は、そのどちらもをゆるやかに含んでいるから、内向的な方にとっての入り口になりやすいのかもしれない。

たぶん、答えはまだ出ていない。ただ、あの「散歩しながらでいいですか?」というメッセージを読み返すたびに、この仕事をやっていてよかった、と思う。

遠慮がちな一言に応えられる場所でいたい。それだけは、はっきりしている。

散歩だけじゃなく、推し活やイベントの同行を頼まれることもある。場所や過ごし方のかたちは、本当に人それぞれだ。

→ 次の話:「はじめまして」の瞬間の、あの独特の空気のこと

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