LINEを開いても、誰にメッセージを送ればいいかわからない。
40代になって友達が減ったと感じている女性は少なくありません。
それは性格のせいじゃない。
レンタルフレンド運営者が、40代の友人関係の変化と孤独について正直に綴ります。
「あけおめLINE、今年は何人に送りましたか」
年が明けた直後、フレンドとの雑談でそんな話になった。
「3人くらいですかね」と私が答えると、フレンドは少し笑って「私の知り合いの方、もう誰にも送ってないって言ってました」と返してきた。誰にも。元日の朝、スマートフォンを開いても、送る相手がいない。
40代になると、友達が減る。
これはよく言われることだし、私自身も実感している。20代の頃には毎週のように誰かと飲んでいたのに、今の私の休日はほとんど一人か、パートナーと過ごす時間になった。
寂しいかと聞かれたら、少し考えてしまう。寂しいような気もするし、これが自分の自然な形だという感覚もある。そのふたつが同時にある。
この仕事をしていると、40代の女性からの問い合わせがじわじわ増えていることに気づく。
30代の方が中心だった時期もあるけれど、最近は「40代になって急に話し相手がいなくなった」という声をよく聞くようになった。
トーク画面を開いて、そのまま閉じる
ある方はこうおっしゃっていた。「LINEを開くと、名前はたくさん並んでるんです。でも、誰にメッセージを送ればいいのかわからなくて、そのまま閉じちゃう」。
その気持ちは、私にもわかる。
学生時代や20代の頃は、用がなくても連絡できた。
「暇?」の一文で集まれた時代があった。でも40代になると、お互いに生活がある。
子育て、介護、仕事の責任。連絡の頻度が減っていくうちに、「今さら送っていいのかな」という遠慮が芽生える。
友達が「いなくなった」わけではないのだと思う。お互いの生活が変わって、関係の温度が静かに下がっていく。誰が悪いわけでもない。環境が変わっただけだ。
でも、頭でわかっていても、ふとした瞬間に気づくとつらい。
日曜日の午後にスマートフォンを見て、通知がひとつもない。
職場で「週末どうだった?」と聞かれて、「家にいました」としか言えない。別にそれが恥ずかしいことではないはずなのに、なぜか胸がざわつく。
「自分が社交的じゃないから」と思い込んでいる方へ
40代で友達が減ったことを、性格のせいにしている方が本当に多い。
「私がもっと社交的だったら」「もっとマメに連絡していたら」。そんな後悔を口にされる方に、これまで何人も会ってきた。でも、この仕事で見てきた限りでは、それは性格の問題じゃない。
結婚した友達とは話題が合わなくなった。独身の自分が場を重くしている気がする。
子どもの話についていけない。逆に、子育てが一段落した方は「ママ友はいたけど、自分の友達がいないことに気づいた」とおっしゃる。
人生のステージが変われば、つながりの形も変わる。当然のことだ。
だから「友達が減った」のは、あなたが何かを間違えたからではない。
ただ、わかっていても寂しいものは寂しい。その寂しさを誰にも言えないまま一人で抱えている方を、私はこの仕事で何人も見てきた。
40代の「話し相手がいない」は、想像より切実だった
正直に書くと、サービスを始めた当初、40代の方がこんなに多く利用されるとは思っていなかった。もう少し若い世代が中心になるだろうと想像していた。
でも、実際に運営を続けてみると、40代の方の言葉には独特の重みがある。
ある方は「友達に相談したいけど、40にもなって『寂しい』なんて言えない」とおっしゃっていた。
しばらく、その言葉が頭から離れなかった。
20代なら「寂しい」と口にしてもどこか許される空気がある。
でも40代になると、弱さを見せること自体が恥ずかしいと感じてしまう。
しっかりしていなきゃいけない年齢だと、自分で自分を縛っている。
そのとき私が何と返したか、正確には覚えていない。
たぶん、うまいことは言えなかった。「それ、けっこう聞きますよ」とだけ答えた気がする。
そう言ったとき、その方が少し肩の力を抜いたように見えた。
「自分だけじゃなかったんだ」。たぶんそういう安堵だったのだと思う。
ふと思い出した同級生のこと
少し話がそれる。
先月、高校の同級生の名前をSNSで見かけた。
タイムラインにたまたま流れてきただけで、もう10年以上会っていない。
プロフィール写真を見て、「元気そうだな」と思った。それだけのことだ。
でもその晩、なぜかその同級生のことをずっと考えていた。高校の帰り道、二人で自転車をこぎながら何か話していた。内容は覚えていない。
ただ、夕方の風の匂いみたいなものだけが残っている。
メッセージを送ろうかと思って、やめた。何を書けばいいのかわからなかった。10年以上のブランクを埋める最初の一文が、どうしても浮かばなかった。
40代の孤独って、たぶんこういうことだ。人がいないわけではない。
つながりが完全に切れたわけでもない。ただ、あと一歩が踏み出せない。その「あと一歩」の重さが、年齢を重ねるごとに増していく。
新しいつながりの形があってもいい
利用されている40代の方を見ていて、「友達」の定義を少し広げてもいいのかもしれないと思うことがある。
学生時代のように毎日連絡を取り合う関係だけが友達じゃない。
月に一度、お茶をしながら近況を話す。それだけの関係でもいい。ただ聞いてくれる人がいるだけで、日常の重さがほんの少し軽くなる。
そういうつながりも、ちゃんとつながりだ。
ある方が、利用後にこんなことをおっしゃっていた。
「友達じゃないのに、友達といるときより楽だった」
嬉しかった。でも同時に、少しだけ複雑な気持ちにもなった。友達といるより楽だったということは、その方はずっと「友達」の前でも気を遣い続けていたということだ。
40代になると、友達付き合いの中にも役割ができてしまう。聞き役、まとめ役、場を回す人。自分の話をする順番が回ってこない。
一人の時間との向き合い方が変わった方の話はこちらに書きました。友達が減ったこととは少し違う話だけど、「一人でいること」の意味が変わる瞬間というのは、たしかにある。
友達が減ったからといって、あなたの人生が貧しくなったわけじゃない。
これは私の感覚でしかないけれど、40代は「広い付き合い」よりも「深い一対一の時間」の方がしっくりくる年齢なのだと思う。10人の知り合いより、1人の話し相手。
そういう選び方を、自分に許してあげてもいいんじゃないだろうか。
このブログを読んでくれているあなたへ、伝えたいことがあります。
ここまで読んでくれたあなたは、40代で友達が減ったことを「なんとかしなきゃ」と焦っているのかもしれない。
あるいは、「もうしかたない」と諦めかけているのかもしれない。
どちらの気持ちも、私はおかしいとは思わない。
ただ、「友達を作らなきゃ」と力む必要はないとだけ伝えたい。まず、話を聞いてもらう時間を持つこと。
それだけで十分だと、この仕事をしていて感じる。40代だからこそ、自分のために時間とお金を使うことに、もう少し遠慮しなくていい。
うまくまとまらないまま書いてしまった。でも、これはたぶん、まとめる話じゃない。

