金曜の夜だった。
駅前のコンビニで缶コーヒーを買って、アパートに帰る途中のことだったと思う。
信号待ちをしていたら、向かいの居酒屋から笑い声が聞こえてきた。
窓越しに見える人たちが楽しそうにグラスを合わせていて、僕はそれを見ながら、ああ、今日も一人だなと思った。
別に寂しかったわけじゃない。たぶん。
でも、あの夜のことは覚えている。缶コーヒーのプルタブを引く音が、やけに大きく響いたことも。
あの頃、僕が抱えていたもの
レンタルフレンドの運営をしている、と言うと、だいたい「なんでまたそんなことを?」という顔をされる。
無理もないと思う。
僕自身、数年前にこういうサービスがあると知ったとき、正直ピンとこなかった。
- 友達を借りる?
- お金を払って誰かと過ごす?
そんなの必要な人がいるんだろうかと、どこか他人事だった。
でも、自分が当事者になったとき、見える景色はまったく違った。
離婚の調停をしていた頃のことだ。
仕事ではパワハラに追い詰められていて、家に帰ればモラハラの問題と向き合わなければならない。
眠れない夜が続いて、朝が来るのが怖かった。
友人はいた。でも、こんな話を誰にできる?
「離婚しそうなんだ」と切り出すことの重さが、わかるだろうか。
相手の表情が変わるのが怖い。心配をかけるのが申し訳ない。
なにより、言葉にした瞬間、それが本当のことになってしまう気がして、口が動かなかった。
結局、僕は一人で抱えた。
あのとき誰かがそばにいてくれたら、と今でも思う。解決策を教えてほしかったわけじゃない。
正しいことを言ってほしかったわけでもない。ただ、黙って隣にいてくれる人がいたら。
「大変だったね」のひとことで、たぶん僕はもう少し早く眠れたんじゃないかと思う。
相談できなかった理由
不思議なもので、つらいときほど人に頼れなくなる。
僕の場合はそうだった。周りに迷惑をかけたくないとか、弱い自分を見せたくないとか、そういう気持ちが邪魔をして、「大丈夫」と笑ってしまう。
聞いてほしいのに、聞いてほしいと言えない。その矛盾が一番しんどかった。
あとになって知ったのだけど、こういう感覚を持っている人は、想像していたよりずっと多い。
特に、内向的な性格の人に多いらしい。自分の中で考えを整理してからでないと話せない。
だから相談するタイミングを逃す。逃しているうちに、もう大丈夫なふりが上手になってしまう。
僕は男だから、また少し事情が違ったかもしれない。
でも、この仕事を始めてから出会った女性たちの話を聞いていると、「ああ、同じだ」と感じることが何度もある。
「内向的な女性専用」にした理由
レンタルフレンドというサービス自体は、すでにいくつもある。
男女問わず利用できるもの、イベント同行がメインのもの、さまざまだ。
後発の僕が同じことをやっても意味がないし、そもそも僕がやりたいのはそういうことじゃなかった。
女性向けマッサージのセラピストをしていた時期がある。正確には今もやっている。
その仕事を通じて、たくさんの女性の話を聞いた。施術の合間に、ぽつぽつと語られる言葉。仕事のこと。家族のこと。誰にも言えなかった小さな、でも本人にとっては大きな悩み。
共通していたのは、みんな我慢していたということだ。
「こんなこと話してすみません」と何度言われただろう。
話してくれたことに感謝しているのは僕の方なのに、なぜか謝られる。
その「すみません」の裏にあるものが、僕にはわかる気がした。
- 話を聞いてほしい。
- でも、迷惑じゃないか不安。
- 自分の気持ちを言葉にしたい。
- でも、うまく話せない自信がない。
- 人と一緒にいたい。
- でも、気を遣うのに疲れた。
この矛盾を、矛盾のまま受け止められるサービスを作りたかった。
だから「内向的な女性専用」にした。
ターゲットを絞ったとか、マーケティング的な判断だとか、そう思われるかもしれない。
でも、これは僕の感覚から出た答えだ。あの頃の僕自身が必要としていたもの。
そして、仕事を通じて出会った女性たちが、言葉にできずにいたもの。それを形にしたかった。
フレンドに求めたこと
サービスを始めるにあたって、一緒に働いてくれるフレンドを探した。
僕がこのサービスで絶対にやらないと決めたことがいくつかあって、それをそのままフレンドの採用基準にした。
明るくしましょう、とは言わない。 アドバイスを押し付けない。 無理にしゃべらせない。
「何もしない」ことが、ときに一番むずかしい。
でも、この仕事で大切なのは、相手のペースに合わせて黙っていられる力だと僕は思っている。
医療や介護、教育の現場を経験してきた人たちに声をかけた。
資格があるからいい、という話ではなくて、人の話を「聞く」ことの重みを身体で知っている人が必要だったからだ。
採用にはすごく時間がかかっている。年単位で探すこともある。
でも、ここを妥協したら、サービスの根っこが崩れる。
名前のこと
「ふたりしずかに」という名前の由来は、別のコラムで改めて書こうと思う。
ここでは少しだけ。
二人でいるのに、静かでいい。沈黙が気まずくない。何かを話さなきゃと焦らなくていい。そういう時間を、僕は作りたかった。
友達といても疲れる。人といると気を遣う。でも一人は寂しい。
この「でも」の先にある場所を、名前にした。ちょっと恥ずかしいけど、今も気に入っている。
このコラムのこと
このコラムでは、僕がこの仕事を通じて見てきたこと、感じたこと、考え続けていることを書いていく。
サービスの宣伝をしたいわけじゃない。というか、たぶん宣伝は下手だと思う。
ただ、もしあなたが今、一人で何かを抱えていて、それを誰かに話したいのに話せなくて、こんなサービスを検索している自分に少し後ろめたさを感じているなら。
その気持ちを、僕はおかしいとは思わない。
検索してくれたこと、このページを開いてくれたこと。それだけでもう、十分だと僕は思う。
ここから先は、僕がこの仕事で出会った人たちの話を少しずつ書いていく。


