「何を話したらいいか、わからなくて」
予約の前日や当日の朝、こういうメッセージがLINEに届くことがある。
丁寧に書いてくれる方もいれば、たった一行だけの方もいる。でも、どの文面にも共通しているのは、申し訳なさの気配だ。話すことがない自分が悪い、と言外ににじませている。
私はそのたびに、似たようなことを返す。
「話すことがなくても大丈夫です」
ただ、こう返したところで、それだけで安心できる方ばかりではないと思う。
だから今日は、この不安についてもう少し丁寧に、正直に書いてみたい。
「話題を用意しなきゃ」という焦り
初めてこのサービスを利用する方から、予約前に一番多く受ける相談がこれだ。
「何を話せばいいかわかりません」
率直に言うと、この質問に対して私が感じるのは、困惑ではない。むしろ「ああ、またか」という、親しみに近い何かだ。本当によく聞かれる。
そして、この質問の裏側にあるものが、だいたい想像できるようになった。
この方たちは「話すことがない」のではない。
「自分の話には価値がない」と思っている。
天気の話をしたら退屈だと思われるんじゃないか。仕事の愚痴なんて聞いてもつまらないだろう。趣味の話は相手に興味がなかったら申し訳ない。
そういうことを予約前からぐるぐる考えている。
これは私の推測ではなくて、実際に何人もの方がそう教えてくれた。「話すことがない」のではなく、「話してもいいことが見つからない」という感覚なのだと思う。
友達との会話で身についてしまったもの
たぶんこの方たちは、日常の人間関係の中で「自分が話すと場が白ける」「自分の話題は面白くない」という経験を、何度か積んできたのだと思う。
友人との会話で、自分が話し始めたら話題が変わった。グループLINEで発言しても反応が薄かった。飲み会で何か言おうとして、タイミングを逃した。
そうした小さな経験が重なると、いつの間にか「自分の話はしないほうがいい」という判断が体に染みつく。
これは、この方たちの能力が低いとかコミュニケーションが下手だとかいう話ではない。
環境が、そうさせた。
人前で話すことを諦めるのは、自分を守るための合理的な判断だったはずだ。傷つく前に黙る。それが最も安全な選択だった場面が、きっと何度もあったのだろう。
だから「何を話せばいいかわかりません」という言葉を、私は額面通りに受け取らない。
これは「何を話しても否定されない場所が、本当にあるんですか」という問いかけだと思っている。
うちのフレンドが最初にやること
ここから少し、実際の利用の話を書く。
「ふたりしずかに」のフレンドには、初回利用の方と会うときに心がけてもらっていることがいくつかある。
一つは、自分から話しすぎないこと。
フレンドの中には話し上手な人もいるし、場を盛り上げるのが得意な人もいる。でも初回でそれをやると、利用者の方は「聞き役」に回ってしまう。自分が話すはずだったのに、気づいたらフレンドの話を聞いているだけで終わった、ということになりかねない。
だから、最初は待つ。相手のペースに合わせて、沈黙が来ても焦らない。
もう一つは、「何か話さなきゃ」というプレッシャーを取り除くこと。
「今日は何を話してもいいですし、話さなくても大丈夫ですよ」
こういう一言を、最初のほうでさらっと伝えるようにしている。
さらっと、が大事だ。深刻な顔で「無理しなくていいですからね」と言われると、逆にプレッシャーになる。あくまで軽く。「そういうものですよ」というニュアンスで。
実際のカフェでの風景を別の記事で書いているけれど、フレンドがやっていることの多くは「聞く」以前の段階にある。「話してもいいんだ」と感じてもらうための空気を作ること。これが最初の仕事だと、私は思っている。
沈黙は失敗じゃない
「沈黙が怖い」という声も、よく聞く。
会話が途切れたらどうしよう。何も言えなくなったらどうしよう。
この不安を抱えている方に伝えたいのは、うちのフレンドは沈黙を怖がらない、ということだ。
沈黙が訪れたとき、フレンドが慌てて話題を振ったりはしない。ただ隣にいる。あるいは、自分のコーヒーを一口飲む。窓の外を一緒に見る。それだけだ。
ここで少し別の話を挟むけれど、私は以前、ある研修で「沈黙は対話の一部だ」と聞いたことがある。その時はよく意味がわからなかった。でもこの仕事を始めてから、その意味が少しずつわかってきた。
人は言葉を止めている時間にも、何かを考えている。思い出している。整理している。言葉にしようとしている。
何も話さなかった2時間を「最高でした」と言ってくれた方がいた。あの方が2時間の沈黙を「最高」と呼んだのは、その時間が空白だったからではなく、その沈黙の中で何かが満たされたからだろう。
だから、沈黙は会話の失敗ではない。
少なくとも、うちのフレンドはそう考えている。
実際に何を話しているのか
ここまで書いておきながら矛盾するようだけれど、話題がなくても大丈夫、とだけ言われても気が済まない方もいると思う。
じゃあ実際、利用者の方は何を話しているのか。
これも正直に書く。
一番多いのは、日常のこと。
仕事で疲れた話。最近観た映画やドラマの話。好きな食べ物の話。
それだけ?と思うかもしれない。本当にそれだけの時もある。
でも、面白いことに、日常の話をしているうちに、ふと本音がこぼれる瞬間がある。
「最近仕事が忙しくて」という話をしていたのに、気づいたら「本当はもう辞めたいんです」と言っていた。
「ドラマの主人公が羨ましくて」と笑っていたのに、次の瞬間「あんなふうに自分の気持ちを言える人って、いいなって」と声が小さくなった。
そういう瞬間は、話題を用意していたから来るのではない。安心して口を開いているうちに、自然に出てくるものだ。
だから、話題を探す必要はない。
あなたが今日あったことを、そのまま話してくれるだけでいい。何も起きていなかったなら、「何も起きなかったんですよね」と言ってくれるだけでいい。
フレンドは、あなたの話が面白いかどうかを判定する審査員ではない。
あなたの声を、そのまま聞く人だ。
「話すことがない」と言ってくれるだけで
一つ、思い出したことがある。
以前、利用前にものすごく長い文章で相談してくれた方がいた。
何を話せばいいか、どんなテンションでいればいいか、前の日から緊張して眠れなかった、と。文章は何度も推敲したのだろう。言い回しが丁寧で、でも所々消して書き直したような跡があった。
その方が、実際にフレンドと会ったあとで送ってくれたメッセージは、短かった。
「思ったより普通でした」
普通。
たぶんこれは、最高の感想だ。
特別なことが起きなくていい。すごい話ができなくていい。泣いたり笑ったりしなくてもいい。ただ「普通に誰かといた」、それだけの時間が手に入ること。
この方にとって、それがどれだけ久しぶりのことだったのか。私にはわからない。でも「普通でした」という三文字に、安堵がにじんでいるように感じた。
「何を話せばいいかわかりません」と送ってくる方は、実はもう、話し始めている。
何を話したらいいかわからない、ということ自体を、私に伝えてくれている。
それはもう、立派な会話の始まりだ。
だから、うまく話せなくてもいい。面白い話題がなくてもいい。沈黙になってもいい。
あなたが来てくれること自体が、私たちには嬉しいのだ。
次は、カウンセリングとレンタルフレンドの違いについて。「カウンセリングに行くほどじゃないけど、一人はしんどい」という方のために書きました。

