待ち合わせ場所に着いて、あたりを見回す。
まだ相手は来ていない。
スマホを持つ手に、うっすら汗がにじんでいるのがわかる。
フレンドから送られてくる報告を読んでいると、初回の待ち合わせの場面がいちばん緊張感がある。
当たり前だ。知らない人にこれから会うのだから。
しかも「友達をレンタルする」という、自分でもまだ消化しきれていない行為のためにそこにいる。
私はその空気を、何度も何度もフレンドの言葉越しに感じてきた。
あの数分間のこと
フレンドがよく話してくれるのが、待ち合わせの最初の数分間のことだ。
お客様がこちらを見つけて、小さく会釈する。
近づいてくる足取りが、ほんの少しぎこちない。
「すみません、レンタルの…すみません」と言うときの声が、かすかに震えている。
あるフレンドは「あの瞬間が、この仕事でいちばん大事な時間かもしれない」と言っていた。
最初の数分間で、この先の1時間が決まる、と。
何もしない、という技術
とあるフレンドがよくやるのは、最初の5分間、自分から話題を振らないことだ。
矛盾しているように聞こえるかもしれない。せっかく会ったのに、なぜ話しかけないのか。
でもこれは、何度もお客様と向き合ってきた中でフレンドたちが自分で見つけたやり方でもある。
席について、飲み物を頼んで。メニューを一緒に見ながら「何にしますか?」と聞くくらい。
注文が決まって、飲み物が届くまでの間に、少し沈黙が流れる。
その沈黙が怖い、と思う人もいるかもしれない。話すことが浮かばなくて不安だ、という声をよくいただく。
でも、フレンドはそこで焦らない。焦らないことが、たぶんいちばん大事なのだと思う。
あるフレンドはこう言っていた。
「沈黙のあとに、お客様のほうから『あの、今日は……』って話し始めてくれることが多いんです。自分のタイミングで。それを待ちたいんですよね」。
相手が息を吐いた瞬間
初回の方が、ふっと肩の力を抜く瞬間がある。
それはだいたい、飲み物を一口飲んだあとだったり、フレンドが「今日、外あったかいですね」みたいな何でもないことを言ったあとだったりする。
特別なきっかけがあるわけではない。なんとなく、場の空気がやわらぐ瞬間がくる。
フレンドの一人が「お客様の声のトーンが変わるんです。最初は喉の奥で話してる感じなのが、少しずつ口のほうに出てくる」と話してくれたことがあった。
私はその描写がすごく好きで、今でも覚えている。
声が喉から口に移る。それだけのことなのに、それがどれほど大きなことか。
初対面の緊張をゼロにすることはできない。私たちもそれをわかっている。
わかっていて、それでも「大丈夫ですよ」とは言わないようにしている。大丈夫かどうかは、その人自身が感じることだから。
私が見てきた「はじめまして」の重さ
ある方は、予約の日の朝にキャンセルしようか迷ったと、あとから教えてくれた。
当日の朝まで、スマホのキャンセルボタンと何度もにらめっこしていたらしい。
それでも待ち合わせ場所に来てくれた。
その方は2回目の利用のときに「あのとき来てよかったです」と言ってくれたそうだ。フレンドからその報告を受けたとき、私は少し黙ってしまった。
嬉しいとか、ありがたいとかとはちょっと違う。なんだろう、胸が詰まるような感覚だった。
その人にとって「はじめまして」を言うことが、どれだけ重たかったのか。
私にはたぶん、本当の意味ではわからない。でも、わからないなりに、その重さを想像することはやめたくない。
ふと思うのだけど、私たちの社会は「初対面」を軽く扱いすぎている気がする。
名刺交換して、笑顔で握手して、当たり障りのない話をして。そういうのが得意な人はいい。
でも、そうじゃない人にとっては、知らない人の前に立つこと自体が一つの決断だ。
話がそれた。
緊張のまま始まっていい
これは私の考えなのだけど、初回がうまくいく必要はないと思っている。
うまく話せなくても構わない。沈黙ばかりだって、それでいい。
帰り道に「もっとこう言えばよかった」と後悔するかもしれないけど、それは失敗とは違う。
初回の緊張のまま始めて、3回目くらいに少し表情が変わった、という方もいる。
最初から楽しく話せるサービスもあると思う。でも「ふたりしずかに」は、たぶんそういう場所ではない。最初はぎこちなくて当然で、そこから少しずつ、という前提で成り立っている。
だから、初回を迷っている方に「気楽に来てください」とは言いたくない。気楽じゃないことを知っているから。
緊張していい。不安なまま来ても大丈夫だ。そのままで始められるように、フレンドたちは準備している。
最後にひとつだけ。
あるフレンドが、初回の方を見送ったあとにくれたメッセージがある。「今日の方、帰り際に『思ったより普通でした』って笑ってくれました」。
普通。それでいい。たぶんそれが、いちばんいい感想なのだと思う。

