友達が減っていくことには名前がない。
失恋でも離職でもなく、ただ静かにいなくなる。
それを「自分のせいだ」と思い込んでいる方に、レンタルフレンド運営者が伝えたいこと。
話し相手がいないのは、性格の問題ではなく状況の問題かもしれない。
友達が減っていくことに、名前がなかった
前回のコラムで、「人見知りは直すもの」という考えについて書いた。
あの記事を書いた夜、ふと自分の学生時代のことを思い出していた。
私にも、毎日のように連絡を取り合う友人がいた時期がある。大学の頃だったと思う。
授業が終われば誰かとごはんを食べに行き、夜中まで電話で話し込むこともあった。
あの頃の自分にとって、「話し相手がいない」なんて状況は想像すらできない日々だった。
でも、卒業して数年が経つと、連絡を取る人の数は静かに減っていく。
別に喧嘩をしたわけじゃない。嫌いになったわけでもない。ただ、お互いの生活が変わった。
- 仕事の忙しさ
- 住む場所
- 結婚
- 転勤
そういうものが少しずつ積み重なって、いつの間にか「最近どう?」のひと言が送れなくなっていた。
不思議なもので、友達が減っていくことには名前がつかない。
失恋なら「失恋」と呼べる。離職なら「退職」と言える。
でも友達が静かにいなくなっていくことには、ぴったりくる言葉がない。
だから気づきにくいし、気づいたときには「あれ、私、誰に電話すればいいんだろう」と立ち尽くすことになる。
それは「あなたの人付き合いが下手」なのではなく
この仕事を始めてから、問い合わせの段階で「友達がいないのは自分のせいだと思っています」と書いてくださる方に何人も出会ってきた。
その言葉を読むたびに、私は少し立ち止まる。
本当にそうだろうか、と。
たとえば、地元を離れて都市部で一人暮らしを始めた人。職場には話せる人がいるけど、仕事の話以外はなかなかできない。休日に会える友達はいない。近所づきあいもない。
これは、その人のコミュニケーション能力の問題なのだろうか。
私はそうは思わない。
昔は、地域に人のつながりがあった。近所のおばさんが声をかけてくれたり、商店街の店主と世間話をしたり。望まなくても、人とのつながりが生活のなかに組み込まれていた。
今はそれがほとんどない。つながりたければ自分から動かないといけない。しかも、内向的な人にとってはそのハードルがとても高い。
話し相手がいないのは、あなたが人付き合いを怠けたからではない。社会のほうが、気づかないうちに変わってしまったのだ。
ライフステージが変われば、人間関係も変わる
もうひとつ、どうしても書いておきたいことがある。
30代、40代になって友達が減るのは、ごく自然なことだ。
- 結婚した人としていない人。
- 子どもがいる人といない人。
- 正社員の人とフリーランスの人。
ライフステージが分岐するたびに、共有できる話題が減っていく。悪意がなくても、会話がかみ合わなくなっていく。
「子どもの話ばかりされて辛かった」と言う方がいた。その人は独身で、友人の多くが子育て中だった。会うたびに育児の話になり、自分だけ取り残されたような気持ちになったと。
その方は、自分のことを「友達付き合いが下手な人間だ」と思っていた。
でも、それは下手なんじゃない。ステージが違っただけだ。
ここで少し話がそれるけれど、私は先日、昔の友人から久しぶりにLINEが来た。
「元気?」とだけ書いてあって、返事をしようとして、何を書けばいいかわからなくて、十分くらいスマホを持ったまま固まっていた。
結局「元気だよ、そっちは?」と返したのだけど、あの十分間の気まずさは、たぶん私だけのものではないと思う。
「自分のせい」と思ってしまう、その仕組みのこと
友達が少ないことを「自分のせいだ」と感じる人が多いのは、たぶん偶然じゃない。
学校では、友達が多いことが良いこととされてきた。
班を作るとき、あぶれないように必死だった記憶が、大人になった今も残っている人は少なくないと思う。
「友達が多い=社交的=優秀」という空気は、教室の中だけの話ではなく、社会全体にしみこんでいる。
だから、友達が少ない自分は何かが足りないのだと思ってしまう。
でも、この仕事をしていて感じるのは、話し相手がいないことに苦しんでいる方の多くは、人が嫌いなわけではないということだ。
むしろ、人のことを考えすぎるくらい考える人が多い。
相手に気を遣いすぎて疲れてしまう。だから自然と人と距離を取るようになり、気がつけば周りに誰もいなくなっている。
それは欠点じゃない。少なくとも、私はそう思う。
「ふたりしずかに」を始めたのは、そういう方のためでもある。
話し相手がいないのは性格の問題ではなく、状況の問題であることが多い。
そのことを、もっと多くの人に知ってほしいと思っている。
うまく言えないけど、孤独は「罰」ではない。
たまたま今、あなたの周りにつながりの糸が少ないだけだ。糸がないなら、新しく結べばいい。
その結び方に正解はないし、レンタルフレンドという結び方があったっていい。
ただ、ここで「だからうちのサービスを使ってください」と言うつもりはない。
そういうことではなく、まず「自分のせいだ」と思い込んでいるその荷物を、少しだけ降ろしてほしいだけなのだ。
その荷物を降ろしたあと、どうするかはあなたが決めればいい。
このあと、この仕事を続けていくなかで「ただ聞いてほしかっただけなんです」と言ってくれたに出会ったり、カフェでただ静かにうなずき続けるフレンドの姿を見たりすることになるのだけど、それはもう少し先の話。
次の話では、このサービスの名前に込めた想いについて、少し恥ずかしいけれど書いてみようと思います。

